久佳乃Blog

癒し癒され

この度、たのしい音楽教室が閉室、移転いたします。

2005年に始まったたのしい音楽教室が、7月2日をもちまして閉室いたします。
ちょうどまるまる12年間、長いようで短い歳月でした。
いったい何が起きたかというと、私が妊娠、出産したことがいちばんの大きな変化でした。
子供が生まれたら何かが変わるんだろうなあ...と漠然と感じてはいたのですが、
私たち自身が変えようとしたり、変わったりというよりも、
生まれてきた娘の意思による変化が、大きな波となって私たち家族を飲み込みました。

娘が誕生したのは3月23日でした。
神戸市北区にある小さな産婦人科で、42歳の初産にしてはとても楽ちんなお産でした。
4日間の入院を経て退院した翌日、出来事は突然やって来ました。
同居している義母が「ひかりちゃん、この物件見たっけ?」と
安曇野の不動産物件サイトを見せてくれたのです。
当時、義父と義母は私の故郷である信州をとても気に入り、別荘を持ちたいと
数ヶ月に一度は足繁く通い、中古物件を探し回っては小旅行を楽しんでいました。
情熱の熱さもあってか、なかなか良い土地と家に巡り合うことができないまま5年が過ぎ、
いよいよ忍耐力も疲れてきたかというところに、孫が生まれたというわけです。
私はいつも通りちょっと距離を置いて、娘を抱きながら「どんな物件ですか?」と
義母を促すと、「これなんやけど」と見せてくれたその土地と家に、目を見張りました。
そして、ついこう言ってしまったのです。
「お義母さん、私、これがほしいです!」
今思えば、娘がそう私に言わせたとしか思えないようなスピードでした。
義母は義母で何かに興奮しているかと思えば、半年前からなかなか面白い物件だなあと
見つけていたようなのですが、「昨日よりも値段が下がってるわ!」と叫んだかと思えば
「これなら手が出ないほどでもない」と、いつものように獲物を目にしたときの
強い眼力で私を見ています。
そしてまた、私は思わずこう言いました。
「お義母さん、明日見に行ってくれますか?」
「よっしゃ!」とその翌日には、義父と義母は出かけて行きました。
その後はとんとん拍子に、安曇野にその土地と家を買うことになります。
探し回っていたあの5年間がまるで長い前置きだったかのような、スムーズで早い売買契約でした。

ものも言わない娘が私たちを動かした。
そう表現するしか、今はしっくりとする言葉が浮かびません。
だから、その後の余波は凄いものでした。、
冷静に左脳が動き出し、論理的にこれからの仕事や家庭を考えました。
長い時間をかけて、心が泣いたり、ワクワクしたり、揺れたりしながらも
静かに、深く考えました。
すると、どうしても私たち家族は安曇野で暮らしていく、仕事もあちらでやる、
という未来が、対岸にうっすらと見えてくるのです。
私たち夫婦はまだ、新天地をこの目で見ていません。
当然生まれたばかりの小さな娘を抱いて、遠方へ出かけるわけにはいかないからです。
一度も身体を持って行ったこともない土地に、慣れ親しんだ人や家や仕事、
すべての環境と一旦さよならをして旅立っていくことは、とても寂しく、不安で、
もちろんこれまでの人生の中で、一度もしたことのない経験です。

今年に入った途端、切迫早産で自宅安静を言い渡されてしまった私は、
臨月の1ヶ月間だけレッスンに復帰をさせていただきました。
そして、お約束させていただきました通り、6月にも産後の復帰をさせていただきました。
ですが本当に申し訳ないことに、この夏でたのしい音楽教室でのレッスンを
閉じさせていただき、新しくスタートする安曇野へ行かせていただきます。
長く通ってくださった皆さんからは、温かいお言葉をたくさんいただきました。
閉室をお知らせしたときは大変驚かせてしまいましたが、後から後から
とても前向きで上向きなメッセージをいただいて、心が温かく、救われました。

私に残っているレッスンはあと2日で、
5人の方とご一緒に今まで通り時間を過ごさせていただきます。
先日からも歌を皆さんとご一緒に歌わせていただいているのですが、
無性に歌いたくなる曲が自然と一曲ありまして、
それが松任谷由実さんの「Hello,my friend」です。

まさに私は、たのしい音楽教室に流れ込んで、また流れて去っていった
すべての人や一緒に過ごした時間に「恋」をしました。
それはとても「短くて、気まぐれな」時間だったように思えます。
そして、そんなたのしい時間は最初からそう決まっていたように、
二度と「戻れない」「安らぎ」でした。
「悲しくて」「淋しくて」、「帰り道を探して」も、
もうその「帰り道」はどこにもなくて、今では「胸の奥の友達」でしかなく、
ただひたすらに「もう二度と会えなくても友達と呼ばせて」ほしい。
この12年のたのしい音楽教室は、まるで毎年閉じる夏の店のように
「今年もたたみ出したストア」のひとつで、「台風がゆく頃は涼しくなる」。
この「恋」に「痛み」を抱きしめて、これからも皆さんとのたのしい時間を「想」います。
少し「離れても」、もう「巡り来ぬあの」たのしい時間を
安曇野の地で、私たちは時々というよりは多く、
皆さんのことを「友達」と「呼」ぶと思います。
そして、私たちが「行き急ぐときには、そっとたしなめて」くださいね。

けして短いとはいえない12年間、本当に、ほんとうにありがとうございました。
皆さんがどこにいても、何をしていても、ご自身のことを愛し、信じて、
毎日を胸を張って幸せに暮らしてゆかれますよう、いつも、いつも祈っております。
たのしい音楽教室は、たしかにもう無くなってしまいますが、
私たち、亘理さんと久佳乃はいつでも皆さんの近くにいます。
実際に、安曇野へ私たちを尋ねて遊びに来てくださることを、
毎日のように待っていますからね (^_-)-♬

皆さんとの素敵な時間に、いっぱい、たくさん、「恋」をさせていただきまして、
心より、心より感謝申し上げます。


2017.06.30 | 癒し癒され

祝10周年のご挨拶。〜決して一人では歩んで来られなかった時間〜

ひょんなことから兵庫県尼崎市に小さな音楽教室を開き、
発声表現を教授させていただくようになって、ついに来月(2015年5月)で
まる10年を迎えることになりました。
自宅のある三田市から尼崎まで、毎朝毎晩よくぞ車で通ったものです。
私個人の人生としては、30代から40代にかけてを、個人的なトレーニングだけではなく、
同じように発声表現を学びたいという皆さんとの、
セッションとしてのレッスンを重ねてきた年月でした。
ひとつの節目を直前にして、やっと悟ることができたこと。
それは、この10年は「決して一人では歩んでこられなかった時間」だったということです。

特別教えるのがうまいボイスコーチとして知られるわけでもなく、
歌うのがとにかくうまい歌手でもなく、
皆さんが普段目にされているようなメディアにも存在しない、
ただ歌をうたうことが、音楽を聴くことが、声を通して人が、自然が調和することが好きで、
どこからかその様子を見て楽しんでくださった方々が今の場を私に与えてくださいました。ついこの間までそのようなことの本来の意味も知らず、
自分の教室というものを構え、発声表現を人様に教授させていただいていることの運命に、
時に勝手におののき、逃げ出したくなる時を抱えながらも、
こうした時間が綿綿と続いている事実を長い間とても不思議に思っていました。
なぜ、みなさんはこうして私のもとへ来てくださるのだろう?そんなふうに驕っていたのです。
ですが、今ならそれは大きな大間違いだということがわかります。
自分の声を十分に聴くことのできる場を、声を楽しく調和させられる場を、
素直に求める気持ちをたのしい音楽教室へと足を運ぶことで
実現させているのはみなさんご自身だからです。

そう気づかされた瞬間に、自分が恥ずかしくなりました。
と同時に「たかが自分の声、されど自分の声。同じ声なら美しく、
楽しく響かせながら暮らしたいじゃないの」という同じ欲求に、
10年の歳月が埋まるくらいのたくさんの方々の賛同に出会えてきたことを
心から嬉しく思いました。
これまでの道のりは、自身の発声表現を学びたいと願い、
求めつづけてきてくださった皆さんとの共同制作です。
この場を借りて、皆様に心からの感謝を申し上げます。

ありがとうございます!

「決して一人では歩んでこられなかった時間」を思うと愛おしく、
センチメンタルな気分になるのも、また始まる次の10年がもうすぐそこまで来ているからでしょう。

儒家の始祖である孔子は晩年を振り返りこう言いました。
「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、
四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、
七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず
(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、
四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、
六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、
七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」

四十にして惑わずとはなかなか重い言葉ですが、
なんのためにこんなに夢中になって発声表現を研究しているのだろう...とは
微塵も迷わなくなりました。これも皆様のおかげです。
さて、五十までに天命を知ることができるかどうかにつきましては...、
またこれからの10年のお楽しみです。

2015.04.24 | 癒し癒され

歌うことの意味。

私たち人間の歴史とともに、歌はどこの地方にもありました。
季節にも関係なく、場所にも関係なく、人種にも関係なく、私たちは歌を歌ってきました。
まったく歌うということをしない民族もいたのでしょうか?またはいるのでしょうか?
人類学の先生にお尋ねしてみたいところです。

ともあれ、人は歌う生き物です。

縁あって、私もずっと歌を歌ってきました。
特にこの10年は、歌うということをいろいろな側面から見てきました。
歌うために必要な身体的機能、歌うために必要な精神的構造、意識、
そして、なぜ、私は歌うのかということ。

人間だから、なぜ?と自分に問いたくなります。
なぜ?と問うことなく、無心にそれだけを行い続ける人を私は心から尊敬します。
その高みへのぼるためには、時間をかけて、なぜ?に答え、
時間をかけて忘れていくことです。
忘れるためにはまず、覚えなければなりません。
覚えていないものは忘れられません。

やっと、私はなぜ、歌うのか?を覚えられるようになったことに、
私は喜びを隠しきれません。
野田体操の野田先生は、「体操は祈りだ」とおっしゃいました。
その意味が、今ならはっきりと私にもわかることができます。

なぜ、歌うのか? 私は今、厄除けのために歌っています(笑)

歌うという行為そのものが、実はお祓いだったんですね。
お祓いの前には禊が必要で、声の稽古はそれだったんんだ...という。
なんとも、愉快な発見です。

ボイストレーニングは声の禊だ!なんて言ったら、仲間の皆さんたちはなんと仰ることか...。


さて、たのしい音楽教室では、音楽から学ぶ暮らしの知恵を今日も研究しています。
自分を知りたい方、身体的機能をひらきたい方、精神的構造をひらきたい方、自由に歌って周りを明るくしたい方、何かありそうだなあとワクワクしたら、体験レッスンに一度、お見えになってみてください。お会いできるのを楽しみにしております!♪**

お申し込みはこちらへどうぞ。→ 

2014.10.09 | 癒し癒され

蘭のように匂いたい

蘭ってすごいんです。
何がすごいかって、蘭のほとんどが固有種なのです。
過酷な環境で進化してきたものが多く、孤高の花ともいえるでしょう。

わたしがもっとびっくりしたのが、蘭の受粉について。
多くの花は、虫や蝶などに蜜をあげることによって
花粉を運んでもらう受粉方法を選んでいるのに対して
蘭は虫たちになーにもあげないのだそうです。

では、虫たちはどうして蘭に呼び寄せられるのでしょう?
それは、蘭の放つ強い匂いがあるからです。

先日、『奇跡の星の植物館』(淡路夢舞台)蘭の展覧会に出かけたときのことです。
たくさんの蘭が咲き誇る中、そこにはなんと
ハエを呼び寄せる生ゴミのような匂いを放つ蘭までいました。
たくさんいる虫たちの中で、どうしてこの蘭は
よりにもよってハエを選んだのだろう......なんて思いましたが
けっこういい香りでしたよ^^
わたし、癖のある香りや味が大好きなんです。

とにかく、蘭は蘭で一所懸命に匂い立ちながら
繁殖していくのですよね。

蘭の中には特定のパートナー(虫や鳥の場合もある)を選んで
進化するものもあるらしいですよ。
特定のパートナーにだけにわかる匂いを放ち、
自分の花粉を運んでもらうなんて、なんて素敵な出会いでしょう♪
呼び寄せられた虫や鳥たちは、きっと幸せに違いありません。
何ももらえなくてもね(笑)

わたしも、そんな蘭のような存在になりたいなぁ。
と、そんなことを思う今日この頃。。。

いや、思うだけじゃなくて、行動、行動!!
蘭をお手本に、自分も繁殖しなくては。

追伸 いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
   しばらく間が空いておりましたが、またちょこちょこと投稿することを
   再開したいと思います。
   皆さんに楽しんでいただけるよう、綴ってゆきます。

2012.02.20 | 癒し癒され


はじめまして。ヴォイストレーナーの亘理久佳乃(わたりひかり)です。
しっかり、楽しく、体で伝わるヴォイストレーニングを心がけています。
どうぞ、よろしくお願いいたします♪

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