久佳乃Blog

祝10周年のご挨拶。〜決して一人では歩んで来られなかった時間〜

ひょんなことから兵庫県尼崎市に小さな音楽教室を開き、
発声表現を教授させていただくようになって、ついに来月(2015年5月)で
まる10年を迎えることになりました。
自宅のある三田市から尼崎まで、毎朝毎晩よくぞ車で通ったものです。
私個人の人生としては、30代から40代にかけてを、個人的なトレーニングだけではなく、
同じように発声表現を学びたいという皆さんとの、
セッションとしてのレッスンを重ねてきた年月でした。
ひとつの節目を直前にして、やっと悟ることができたこと。
それは、この10年は「決して一人では歩んでこられなかった時間」だったということです。

特別教えるのがうまいボイスコーチとして知られるわけでもなく、
歌うのがとにかくうまい歌手でもなく、
皆さんが普段目にされているようなメディアにも存在しない、
ただ歌をうたうことが、音楽を聴くことが、声を通して人が、自然が調和することが好きで、
どこからかその様子を見て楽しんでくださった方々が今の場を私に与えてくださいました。ついこの間までそのようなことの本来の意味も知らず、
自分の教室というものを構え、発声表現を人様に教授させていただいていることの運命に、
時に勝手におののき、逃げ出したくなる時を抱えながらも、
こうした時間が綿綿と続いている事実を長い間とても不思議に思っていました。
なぜ、みなさんはこうして私のもとへ来てくださるのだろう?そんなふうに驕っていたのです。
ですが、今ならそれは大きな大間違いだということがわかります。
自分の声を十分に聴くことのできる場を、声を楽しく調和させられる場を、
素直に求める気持ちをたのしい音楽教室へと足を運ぶことで
実現させているのはみなさんご自身だからです。

そう気づかされた瞬間に、自分が恥ずかしくなりました。
と同時に「たかが自分の声、されど自分の声。同じ声なら美しく、
楽しく響かせながら暮らしたいじゃないの」という同じ欲求に、
10年の歳月が埋まるくらいのたくさんの方々の賛同に出会えてきたことを
心から嬉しく思いました。
これまでの道のりは、自身の発声表現を学びたいと願い、
求めつづけてきてくださった皆さんとの共同制作です。
この場を借りて、皆様に心からの感謝を申し上げます。

ありがとうございます!

「決して一人では歩んでこられなかった時間」を思うと愛おしく、
センチメンタルな気分になるのも、また始まる次の10年がもうすぐそこまで来ているからでしょう。

儒家の始祖である孔子は晩年を振り返りこう言いました。
「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、
四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、
七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず
(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、
四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、
六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、
七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」

四十にして惑わずとはなかなか重い言葉ですが、
なんのためにこんなに夢中になって発声表現を研究しているのだろう...とは
微塵も迷わなくなりました。これも皆様のおかげです。
さて、五十までに天命を知ることができるかどうかにつきましては...、
またこれからの10年のお楽しみです。

2015.04.24 | 癒し癒され

今年は新曲をいっぱいリリースしまっす。

今朝もレッスンのために自宅のある三田から尼崎の教室まで、
車窓から満開の桜を見ながら出勤しました。
桜の花って、妙に懐かしく感じるときもあれば、
そっけない感じがするときもあるから、不思議ですね。

そういえば、私はまだ桜をテーマに曲を作ったことがありません。
クリスマスソングのように、この時期になれば、必ずどこかで桜の歌が聴こえてきますから、
宣伝用にはきっといいのだろうな、とは思いますが、いざ自分が桜の歌を作ってうたおうとすると、
少なくとも、今は、なんとなく嘘をついてしまいそうです(笑)

そうですねえ、いつか桜の歌をうたうようなことがあれば、大人の歌にしたいですね。
卒業とか、出会いとか、別れとか、新しいスタートとか、そんなニュアンスを含む学校からは
少し離れたとこにあるセンチメンタルが、きっと大人の時間にもあるはずです。

人々が桜を見て、さまざまな思い出に浸るように、今日の車内では珍しく
自分たちの音楽を聴いていました。
2012年4月にリリースした『No Where』というアルバムです。
最後のアルバムをリリースしてから、もう3年が経ってしまったんだなあと反省しつつも
素直に、いい曲がいっぱい入っているなあ、としみじみ、自画自賛していました(笑)

私はこれまでに、一度として、すっごいいいアルバムができた!だからみんな聴いて!!
と思ったことがありません。
広報的には、そういった態度をしたほうがいいのでしょうけれども。
いつもそれが空虚に思えて、たくさんの、きれいで、真っ直ぐで、
嘘偽りのない潤沢なエネルギーをすべて注入してきたのに、
出来上がった自分の作品に対して、どーんっと胸を張れない。
作っているときのほうが楽しくて、自分が楽しかった時間を一括りにして盤に焼くことに
どういった意味があるだろうかと。

でも、今日は『No Where』を聴いて、やっていること、やればいいことが
わかったような気がしました。
『表現は時間を超える時限装置』
後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の言葉を思い出します。
今になって、すごおく愛おしいものがそこにあることがわかって、
なんでこんなに時間が経ってから、このアルバムの良さがわかるようになるんだろう?
つい、そんな言葉が口をついて出ると、ワタリさんが
音楽が先に進んじゃってるからだよ、と言いました。
そういうことなんだろうと思います。

だから、歌っているのが自分だとしても、どこまでも歌は、
私のものではないのだなあと思います。
出来上がって3年が経った歌からでも、自分が歌った私のものではない音楽から、
私は色々なことに気づかされる。
写真アルバムのページをめくりながら、過去に思いを巡らせるようなこととは、
本質的に触れ方が違うのです。

音楽は常に先行している。
面白いなあと思います。

それで、どうして今日はこんなことを書いたのかといえば、
2015年は、たくさんの新曲をリリースしまっす。

予定ですが、そのつもりもつもりで進めています。
今日もレッスンが終わり、帰りの道では、その新しいアルバムに入る新曲を
チェックも含めて聴いてきました。
いつも、こんなんできましたけどー、特に操作もしていません、でも、生まれてきたんですから、
どうか触れてやってください、そんなスタンスでリリースしていますが、
最近ではそれも、幸せなことだなあと感じています。

3年越しの新曲たちですから、変わったものは変わったし、変わらないものは変わらずです。
今はまず、iTunesへのリリースを主体に進めていますが、意味のあることがわかれば、
これまでのアルバムも含めて、CDにすることも考えています。
ものはなるように育つ。
なるように育ててあげられるよう、日々、がんばります。♩♩♩


さて、今日の最後はお知らせです。
まず、今回の話題にのぼった『No Where』は(その他、過去のリリース作品も含めて)
全曲 iTunes Storeで試聴いただけます。Hikari Watari と検索していただくと見つかります。
それから、たのしい音楽教室の日々のレッスンについては、只今、毎春恒例の
「春の音心地キャンペーン」が実施されております。(〜5月末日まで)
たのしい音楽教室のレッスンにご興味、ご関心のある方は、ぜひこの機会に
体験レッスンにお見えください。定員まであと若干名の席がございます。

2015.04.04 | 音楽のある生活


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