久佳乃Blog

孤独な時間が自分を育てるのさ。

孤独を怖がっていませんか?
孤独ってそんなに悪いものではありませんよ。

ほら、会えない時間が愛育てるのさ♫という歌もあるじゃないですか。
(古いって?笑 はい、郷ひろみさんの『よろしく哀愁』です)

孤独な時間こそ、自分を育てるのですよ。
そして、自分がしっかり育った後はパラダイスが待っています。

今朝もたまたまつけていたテレビで出会った変わった鳥、
インドネシアのスラウェシ島に生息するセレベスツカツクリを観ていて思いました。
やっぱり、孤独な時間が長いほど、最愛のもの(こと、人)に出会えるんだなぁって。

セレベスツカツクリは夫婦になると一生、パートナーを変えず番(つがい)で暮らします。
ニワトリの卵の6倍にもなる大きさの卵を土の中に生むと、
天敵であるなんとかトカゲに食べられないように
フェークの穴を堀って埋め、できるだけ卵を食べられないようにします。

卵は地熱のある土の中に産まれるため、母親が温めなくても
孵化するようになっているのだそうです。
だから、卵を産んで地中深くに埋めたら、フェークの穴もしっかりと堀り、
(深さはなんと90〜120センチメートルにもなる!)
納得した仕事を終えるとさっさと夫婦でまたどこかへ行ってしまいます。
育児というものを一切しないのです。
穴を埋めた後、夫婦ともにその場を離れる後ろ姿はまるで
納得した仕事ができたわ、さあ、私たちは私たちの世界へ戻りましょう、
という声が聴こえてくるようでした。
なんとも潔いというか...人間では考えられないことですが(笑)

なぜ卵が大きいのかといえば、孵化してすぐに
子供セレベスツカツクリが一人で生活していくためです。
子供セレベスツカツクリは卵から孵るとすぐに、土から這い出て
大きな羽を羽ばたかせ空を飛び始めます。
親が自分を育てるのではなく、自分で餌をとり、天敵から身を守りながら
大人になってゆくのです。

こんなに逞しいセレベスツカツクリですが、一人で逞しく育つからこそ
出会ったパートナーとは一生を添い遂げるのでしょう。
パートナーに出会う頃には、未熟なところが足りない状態で出会えるというのでしょうか...

だから、孤独な時間は自分を逞しくしてくれます。

朝からどこか遠くでひっそりと暮らすセレベスツカツクリを観て
そんなことを思いました。

孤独な時間。
怖がらずに、むしろ積極的に作るのがいいのかもしれませんよ。
一人を怖がらないで、自分と向き合う、自分でしっかりと生きる、
そんな時間を持ってください。
音楽を聴いたり、絵を描いたり、一人で喫茶店に入ってお茶を飲んでみたり、
美術館に出かけてみたり、本を読んだり...なんでもいいんです。

一人の時間、それは未来を創るエッセンスになる。

だから、うちのヴォイストレーニングにも
一人で来るのが怖い〜っなんて、思わないで(笑)
そもそも一人で向き合うのがトレーニングなんですからね ^_−

大丈夫!!です。

2013.02.18 | 日常

甘い時間。

バレンタインデーでしたね。
皆さんももらったり、あげたりされましたか?
はい、わたしも頂いたり、あげたりしました^^(現在進行中)

もうこれくらい(の歳?)になりますと、男女関係なくなりますね。
男性でも女性でも、出会った方に、まるでハロウィーンじゃないかというくらい
配って歩く感覚です(笑)

だって、チョコレートって、もらうと
なんだかそれだけで幸せになれますよね。
ちょっとチョコレートは苦手...という方でも、
もらったら気持ちだけを受け取って誰かにあげることもできる。
誰かが喜ぶことができる率が高いので、好きか嫌いかもそれほど気にせず
ばんばん配っちゃいます。

先日の休日もたまたま初めて入ったレストランで
「今日はバレンタインデーなので生チョコのプレゼントです!」
と一口サイズのミルクチョコレート、ホワイトチョコレートを
食後に頂いたとき、とっても嬉しかったです。
指でつまんでチョコレートを口の中に入れると、甘くて幸せな気分になりました。
お店を出た後も、いいランチタイムだったね〜♫と
午後の昼下がり、素敵な甘い思い出がいっちょう出来上がりました。
お店の皆さん、ありがとうございます☆

皆さんも素敵な甘い時間をお楽しみくださいね^_^*

2013.02.16 | 日常

断捨離とかけまして個人的なヴォイストレーニングと解く。〜2013年ver.

その心は?ということなのですが^^

今日は「断捨離ついてぜひ考えを書いてほしい」と
ある方からのお声をいただき、わたしなりの体験から
しばらく考えてみたことを述べさせていただきたいと思います。

断捨離。今ではもう、たくさんの方が
一度は目にしたり耳にしたりしたことのある三文字ではないでしょうか。
かくいうわたしも初めての出会いは、
本屋に並んでいた本の表紙だったと記憶しています。

断捨離かぁ、なかなかうまいことを仰るなぁと感じたのが第一印象でした。
とこう書きますと、なんだか上から目線に聞こえてしまうかもしれませんね^^;
けしてそういうわけではなく、そうですね...
わたしにとっては、とても自然に身体に染み渡ってくるような、
まるで漢方のような言葉でした。
もう身体が知っているといいますか、
もうすでにあるものを知っていたといいますか。
なんとも美しい、そして潔い三文字だなぁと。

ですので、提唱されている断捨離については
本を読んだこともありませんし、講演などを伺ったこともありません。
そんなわたしがこの度考えを述べさせていただくわけですから
純粋にこの三文字にどうわたしの感覚が呼応したのかについて
書いてみたいと思います。

断捨離という言葉から連想される行(ぎょう)は
日々のヴォイストレーニング(ここでいう修行ですね)からなんとなく
こういうことを言っているのだろうなぁということがわかります。

それはこんな感じです。

断行= 外から入ってくる声(音)を断つこと。

捨行= 内から生まれてくる声(音)を捨てること。

離行= 仮の声(音)から離れること。

外から入ってくる声、音というのは文字通り
外部から聞こえてくる声や音のことをいいます。
これを断つことによって、静寂が訪れます。

次に自分が生み出す騒音、つまり、自責の念や
起こるか起こらないかわからない仮説の中の心配、
〜しなければならないなどの思い込みや先入観といった声を
捨てることによって、自分の内側にほんとうの静寂が訪れます。

そして、仮の声(音)から離れるというのは
かつて自分が作り出した、または作り出そうとした仮面に気づき、
それを脱ぐということです。

わたしは今まで、外から聞こえてくる様々な声や音のために、
その人自身が本来持っている能力を十分に発揮できていない状態に
たくさん出会ってきました。

また「こうでなければならない」、「ほんとうにこれでいいのだろうか」、
「どうしてもこういう結果を出したい」などの
その人自身が作り出した焦りや葛藤、執着や迷いの声のせいで
足元を掬われてしまっている人もたくさん観てきました。

また、あなたはほんとうはわたしに何がしてほしいのですか?と
手を差し伸べようとしても、いつまでも仮面を脱がず、また気付かず、
ほんとうにほしいものをほしいと言えない人たちにも出会ってきました。

そして、わたし自身も過去にすべてを経験したことがあります。
過去にとはいいますが、まだわたしは修行中の身ですので
以上のことが思い出せなくなれば、本来の自分の力が発揮できなかったり、
何かに固執してしまい足元を掬われることもあるでしょう。
いつの間にか仮面を作り出しては被っていることさえあるかもしれません。

だからこそ、毎日、今、この瞬間にも
「思い出すこと」が最も大切なのです。

断捨離とかけまして、日々のヴォイストレーニングと解く。
その心は...

今、自分がここに在ることを思い出すこと。

マイスペース、わたしは今、ここにいる!という感覚が
大事、ということなんだと思います^_^*

何か感じるものがありましたら、みなさんもぜひ、
ヴォイストレーニング的断捨離でマイスペース(自分が今、ここに在ること)を
創造してみてください。
きっと、心穏やかに平和になっていただけると思います。

2013.02.07 | 声について想う


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