久佳乃Blog

福岡ハカセが好き。

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福岡伸一先生をご存知でしょうか?
わたしが先生を知ったのは、あるテレビ番組に先生がゲストとして出演されていたからだったと記憶しています。
そこでネズミの絵が出てきて、ネズミが粒子になった絵がでてきて、色のついた餌(←これも粒子)をネズミが食べるとどうなるか...というような話をされていたのが、とっても面白かったのです。ちなみに先生は「生命とは動的平衡にある流れである」と仰っています。
よくわからないという方はYou Tubeで福岡先生を探してみてください。
きっと、あ、見たことある!というお顔をされています^^

ちょうど福岡先生がテレビに出演されだした矢先のことだったのでしょうか、
その後も何度かこの生命の動的平衡について、
ツブツブのネズミの絵を用いた先生のお話をテレビで拝見する機会がありました。
初めて伺ったときもそれはそれは面白いお話だったのですが、
何度同じ説明を聞いても面白い。
この先生はお話上手な先生だなぁ...と、まるで咄家さんにでも惹かれるような
そんな思いがいたしました。

こんな風にわたしは福岡先生を知ることになるのですが、
いつかカズオ•イシグロを訪ねる旅の映像を文章教室の友人がDVDにして
貸してくれたことがありました。
友人はカズオ•イシグロについてわたしに知ってほしかったようなのですが
カズオ•イシグロを訪ねて歩く旅人がなんと福岡先生だったのです。
かねてから福岡先生はカズオ•イシグロの小説世界に敬意を抱いていたそうなのですね。
二人の記憶にまつわる対話はとても面白く、『わたしを離さないで』を
読んでいたこともすっかり忘れていたわたしは、
ああ、この人(カズオ•イシグロ)があの本を書いた人なんだ...という思わぬ再会と
これまた思いがけず旅人として登場した福岡先生との再会をダブルで喜びました。

そして、つい先日のことです。
また思いがけずEテレの第11回「日本人は何を考えてきたのか」
福岡先生がナビゲーターとして登場されているではありませんか。
西田幾多郎先生のことはよく知らないわたしでしたが(お恥ずかしくも^^;)
福岡先生が出演されている!とあって、思わず録画。
福岡先生から語られる西田幾多郎の世界に触れ、
(おかげで西田先生のことを知ることができた^^)
知的探求を楽しみながら、やっぱり福岡先生っていいなと思ったわけです。

なぜこんなにも福岡先生に魅力を感じるのか。
実はまだ自分でもよくわかっていないのですが、
ひとつ挙げれば話し方がとても好きなのです。
手持ち無沙汰なので、マイクでも持っていましょうか、みたいなところが。

わたしも福岡先生のような話し方
(落ち着いてタイプを打ってゆくような)がしたいなと思い、
思わずこれまた面白そうな著書を三冊買いましたとさ。

カズオ•イシグロ×福岡伸一 対談

2013.01.27 | 読書

40代の転機。

ジョージ•クルーニー主演の映画を立て続けに観た。
マイレージ•マイライフ、ラスト•ターゲット、フィクサー。

それぞれの主人公の設定年齢までは調べていないが
たしかフィクサー(2007年)では
「I'm on the scramble! 45 years old!」という台詞があったように思う。
(フィクサー=第80回アカデミー賞で作品賞を含む7部門にノミネート。ティルダ・スウィントンが助演女優賞を受賞した。)

3本とも人生の転機を迎える、または半強制的に転機に向かわされる主人公の物語だ。

40代にして起こる転機を、人生のうちで早い転機と捉えるか、
それとも遅い転機と捉えるか。

だれにとっても40代は転機が訪れるべくして訪れる潮時のような定刻である、
ということもいえるかもしれない。

どちらにしてもまだ40代を迎える前のわたしには未体験のことだが、
だれにでも訪れるものであるのなら、できれば美しく転機を迎えたい。

今回観た映画の中で、男(ジョージ)は自分の信じたものに一旦は向かい、
それを勝ち取るためにいつもと違った行動に出る。
そして、最後のシーンではどれも途方に暮れているように見える。

映画は必ず終わる娯楽的な仮想物語のひとつに過ぎないと思っていたが
私たちの日常生活がそうではないように、
男の物語には生きた時間が流れているように感じた。

2013.01.24 | 映画鑑賞

今を生きている人は面白い。

今を生きている人はやっぱり面白いのです。
見ていて面白いし、話を聴いていても面白い。
とにかく、その人がそこにいてくれるだけで面白いんです。

「今、ここ」という言葉が少し前から流行っているように思いますが
この観念的な言葉はなにも流行り廃りがあるものではなく
いつまでもどこまでも普遍的であることを
やっぱりわたしは思い知らされるのです。

赤ちゃんや小さな子供を見て飽きないのは
彼らが今を生きているからです。
過去を思い煩っていじいじクヨクヨすることもなければ
未来を思い煩って計算尽くで動いたりもしない。

もちろん、いじいじクヨクヨや計算尽くの行動も
少しも隠すことなく、映画の主人公のように、
そう、たとえばMr.ビーンのように!(笑)
思いきり今を生きていてくれれば、
やっぱり私たちはその人から目が離せないのです。

つまり、過去を思い煩っては
いじいじクヨクヨして今が凍ってしまっている状態、
または、未来を思い煩っては
計算尽く過ぎて今や将来が凝り固まってしまっている状態の人と
デートしていても、ちっとも楽しくない、面白くないのです。

話しかけても心がどこかへ旅してしまっていて
まるでここにはいない人みたいになっちゃうと、
やっぱり話しかけているわたしのほうは
いつまでも独ぼっちで寂しいし、面白くない。
だって、壁に話しかけているようなものなのですから。

それに比べて、二人の目の前で起きた偶然の出来事なんかについて
思いきり笑えたり、びっくりしたりして、一緒に感動できるほうが
やっぱりデートは楽しくて仕方がない!ということになるわけです。

「今、ここ」という言葉をどれだけの人が理解しているか、
またどのような理解をされているかはわかりませんが、
わたしにとっての「今、ここ」は
「今、ここに心を置く」ということ。

あなたが目の前で笑ったから、わたしも笑った!という
とてもシンプルなことです。

もしかして、今を生きている人が少なくなってきているように
感じる人が多くなってきているから
「今、ここ」という言葉が流行るのかもしれませんね。

そういった意味で、歌う行為というのは素晴らしいのです。

歌うということは生きるということと直結していますから、
数分ほどの歌に自分の「今、ここ」を凝縮して注ぎ込む。
そうです、歌はまさに息を吹き込むことそのものですから
今を生きるということを学ぶのに非常に良い媒体にもなり、道具にもなります。

なんとなく今を生きることができていない、とか
今を生きるってどういうことだろう?とか
今、ここって正直よくわからない、という方には
ぴったりのツールです。

面白い人になりたい人はぜひ一度、
思いきり歌うことをやってみることに挑戦してみてください。

歌の中で、Mr.ビーンのようにやりたいようにやれたら
それはそれは面白い人生が描けると思いませんか?

わたしの提唱させていただいている「ヴォイストレーニング」や
「面白い人生を描くためのツールとして歌うという行為を学ぶ」は
そういったことです。

2005年の春から、こちらのサイトでは
Happyヴォイストレーニング〜声心体の法則〜」で8年ほどやってまいりましたが
今年、2013年の春からは「Happyヴォイストレーニング」の延長となる前衛として
また新しいサイトを開設する予定です。

新しいサイトでは、今まで積み上げてきた実験の成果、
そしてまたそれらを楽しく用いながら、
この時代に合わせて向上していく仕組みを盛り込んでゆきたいと思っています。

只今その中身を作っている真っ最中ですが、思いのほか
のんびりとした時間を楽しみながらやっております。

どうもわたしは根っからの「道草の王様」(笑)※末尾に注釈あり
どうせいつかは死ぬのだから、今生きていることを楽しまなきゃ損、損♪♪
               ↑
      「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損、損」より

はい、また道草をしましたが(笑)、新しいサイトが出来上がりましたら
こちらでご案内をさせていただきたいと思います。

どうぞお楽しみにしていてくださいね。
よろしくお願いいたします^_^*


※道草の王様とは...往復8キロという通学路を歩いて通った小•中時代に
小学校の担任の先生が付けてくれたわたしのニックネーム。

2013.01.23 | 日常

器を大きくする努力

あれれれ??
先日公開したつもりの投稿が消えてなくなってしまっておりました^^;
今、それに気がついてこれも何かの思し召しなのでしょうと
面白く思いながら。
ということで、もう10日も過ぎてのご挨拶になりますが...

皆さま、明けましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます☆☆☆

昨年を今日から振り返れば、自分自身を揺らして揺らして動揺させた、
そんな半年間が年末にかけてあったことを懐かしい思い出のように
思い出しております。

お正月も過ぎ、ゆっくーりとレッスンを再開させていただきながら
なんにも降りて来ないなぁ、とのんびりしておりましたが
やっぱり降りて来るときに降りて来るものです。

やっぱり、わたしは自分自身の価値を高めるために生きているのだと
実感いたしました!

自分で自分を卑下してしまったり、自己憐憫に陥ってしまったり
人間ですから社会で生きていく限り、そういうこともあります。

でも、わたしは少なくともそういう時間、自分で自分の価値を下げるような時間を
減らす努力をしていきます。

人間は選択できる動物です。

選択できるとういことは、自分の思うように選べるということですから
自分の価値を高めるほうをわたしは選ぶということです。

そこで自分なりにもっと考えを深めてみました。

自分の価値を高めるということは、わたしにとって、どういうことなのだろう?
ということをです。

日々、声で音楽を体現することをライフワークにしているわたしにとって、
自分の価値を高めることを一旦は、たとえば有名な歌手になることのように
思っていた時期もありました。

でも、そうではないことに気がついたのです。

声が教えてくれました。
声はわたしに、どうしたらわたし(声)は響きますか?と尋ねてくれました。

すると、すぐに答えはわかりました。
なぜならわたしは毎日飽きもせず、声と向き合っているからです。

声は出来る限りのものを受け容れた瞬間、響きます。

受け容れれば受け容れるほど、丹田の泉から出て来る水のように溢れだしてきます。

だから、わたしが自分自身の価値を高めたかったら
受容力をつければいいということです。

出来る限り多くのものやことを受容するには、心身をコントロールすること、
柔軟性をより高めることが必要でしょう。
バランスも大切なポイントになってきます。

ろくろで器を作るように、バランスをとりながら口を大きくしていくことに
似ているのかも知れません。

そうするには慎重さ、大胆さ、忍耐力が欠かせません。

大変な道のりのような気がしますが、それでもわたしは選びます。

自分自身の価値を高め、周りの人や物事、自然や人工的なものやことでさえ
出来る限り受け容れられる器を持つことを。

多くのものを受け容れられるようになるには、常に
自分自身の価値を高めるような生き方をするという選択をしていかなければなりません。
そして、方法を学んでいかなければなりません。

毎日こつこつと積み上げていくのです。

それをわたしは心からやりたいと思ったのです。

何かと面倒くさがりなわたしが、これまた大きな山を登ろうと決意してしまいました^^;
でも、どうしても登りたい。
この人生を懸けて。

同じような気持ちがする方、ちょっと感覚が似ていると感じられたという方も
声を通して自分の器を大きくする学びにご興味がある方はぜひ一度、
どのように身体をコントロールしたら、どのように感情をコントロールしたら、
どのように技を思うように使ったら、思い通りに歌えるのか、
ちょうどめでたい季節ですし、カラオケにでも出かけて試してみてください。

きっと、楽しくて面白い発見がたぁ〜くさんっ、あるはずです。

はい、もちろん、たのしい音楽教室の木の扉もあなたをお待ちしております♪

それでは、改めまして2013年も、そしてこれからも、末永くよろしくお願い申し上げます☆☆☆

2013.01.10 | 声について想う


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