久佳乃Blog

自己表現者としての自分というアバターを育ててみる

人生は自己表現そのものである。

そう思いませんか?

多くの人たちは、一週間の大半の時間に何をするかが
ほぼ決められていて、その予定どおりに活動しています。

ほぼ決められている、とあえて書きましたが
本当にそうでしょうか?

自分で決めた結果、そうなっているというのと
誰かに決められた結果、そうなっているというのとでは
天と地ほどの違いがあります。

自己表現は誰かに決められてするものではありません。
自分で自分に問いたいものを問い、答え、解決し、実行してみることです。
自分の中から出たものに驚き、感動を覚え、外に出してみる。
そしてまた、自分の中から外に出してみたもの(作品)を眺めては
また自分自身が驚き、感動を覚えるもの、それが自己表現です。

自己表現というものを以上のような言葉に置き換えてみると
まさに、人生は自己表現そのものなんだなぁ...とつくづく思います。

自分を表現することを誰かに預けてしまうとどうなるのか、
容易に想像がつきますよね。

このブログをご覧になっていただいる皆さんにはぜひ、
自分を表現すること、自分で自分を楽しむことを育てていただきたい、
そう強く思います。

何でもいいですから、自己表現してみましょう。
絵を描いたり、文章を書いてみたり、版画を彫ってみたり、
写真を撮ってみたり、料理本そのままではなく、
自分流に工夫した料理を作ってみたり...
さまざまなところに自己表現の楽しみはあります。

そこでお勧めいたしますのは、作ったもの、つまり作品ですね、
その作品はしばらく残して取っておいてみることです。

こちらに見える皆さんは日々歌うことで自己表現をしていますので、
歌った歌をレコーディングして取っておきます。
それを観客として聴くのです。

歌ってすぐ聴くこともあれば、一週間、二週間と間を空けて聴くこともあります。
レコーディングしたものは声の記録としてお渡ししていますので
自分さえ自分を研究しようと思えば、何ヶ月前のものから何年も前のものまで
残しておいたものを聴くことができます。

するとそこには、日常生活を生きて活動している自分そのものが現れます。
この場合は、過去のものですね。

この教室を開いてもう8年が経ちますが、
この間、約1000人の方とご一緒にマンツーマンレッスンをさせていただいてきて
確信していることがあります。

それは、先ほども少し触れましたが
人生の生き方と自己表現の仕方はイコールだということです。

人生の生き方 = 自己表現の仕方

ということは、自己表現したもの、作品を人生と観るわけです。

人生 = 作品

もしも、自分の人生に迷ったら、
自己表現しながら答えを見つけていくことができます。

そうです、作品は自分というアバターなのです。

だから、今日はちょっと変わったタイトルでブログを書いてみました。

自己表現者としての自分というアバターを育ててみる。

ワクワクしてきませんか?

ぜひ、なんでも気の向くところから始めてみてください。
きっと、人生の指針になってくれるはずです^^

2012.02.29 | 日常

声は体力を量るバロメーター

肩が凝っているのに、自分では気づいていないという状態があります。
整体などに言って、施術を受けてはじめて
「肩、凝ってますね〜!」と先生にびっくりされたり。
わたしも以前はよくそういうことがありました。
それだけ自分の身体に気が向いていなかったのですね。
感覚が鈍くなっている状態というか...。

うちの教室に見える皆さんの中にも
あれ、なんでわたし、今日はこんなに声が出ないの!?
と驚かれる方がいます。
自分の声を録音してみてはじめて、そう気づくのです。
いつもよりも声に伸びやツヤがなかったり、声が身体に籠っていたりするので
一目瞭然(見るんじゃなくて聴くんですけれども...^^)なんです。

いつものようにレッスンに見えたときは、ご本人は気づいていないのです。
ヴォイストレーニングをしている間も、マイクの前で歌っている間も
やっていることに一生懸命で気づかないのです。
でも、レコーディングした自分の歌声を聴いてみると、すぐにわかっちゃうんです。
あれ、なんでわたし、こんなに声が出ていないの??って。

いつもはきれいに伸びていた声が、まるでこちら側に伸びてこないと
かなり落ち込むんですよね。
わたしにもそういう経験があるので、とてもよくわかります。
コンディションがいいときを知っているので尚更悲しくなります。

そこで、レッスン中の皆さんにそういうことが起こったときは
「今日は、お身体が疲れているみたいですね...」とそっとお伝えすることになります。

自分は気づいていなくても、実は相手は最初から気づいているのです。
自分のことをよく観察してくれている相手なら、
あ、今日は○○さん、ちょっとお疲れみたいだな、ってわかっているんです。
でも、本人は気づいていないから、自然と向き合えるように
声を録音して聴いていただくのです。

一瞬は落ち込みますが、自分の身体は今ちょっと疲れているみたいだ
ということがわかったときには、皆さん、良い顔になって帰られます。
「しばらくは身体をちょっと休ませてあげたいと思います」と
ご自分の身体を労ろうという気持ちが湧いてくるのですよね。

○○さん、今日はお疲れのようですね、とお伝えしたときには
だいたいはご本人も心当たりがあるようで、
そういえば二日前にやっと国家資格の受験を終えたとか
そういえば一週間くらい前からずっとトレーナーになるために
睡眠不足が続いていたとか...
やっぱり、身体は正直ですよね。
頭のほうは興奮覚めやらずで、ちょっとしたクライマーズハイに
なっているということもあります。

皆さんからいつもいろいろな発見をさせていただけるように、
あらためて思いますのは、声にはすべてが表れるという素晴らしさと恐ろしさ(笑)
声はつくづく、健康のバロメーターです。

今日はちょっと声に元気がないな、と自分で気がつけたときは
少し身体を休ませてあげるといいですね。
がんばりすぎないように、楽しくまいりましょう♪

2012.02.21 | 声について想う

蘭のように匂いたい

蘭ってすごいんです。
何がすごいかって、蘭のほとんどが固有種なのです。
過酷な環境で進化してきたものが多く、孤高の花ともいえるでしょう。

わたしがもっとびっくりしたのが、蘭の受粉について。
多くの花は、虫や蝶などに蜜をあげることによって
花粉を運んでもらう受粉方法を選んでいるのに対して
蘭は虫たちになーにもあげないのだそうです。

では、虫たちはどうして蘭に呼び寄せられるのでしょう?
それは、蘭の放つ強い匂いがあるからです。

先日、『奇跡の星の植物館』(淡路夢舞台)蘭の展覧会に出かけたときのことです。
たくさんの蘭が咲き誇る中、そこにはなんと
ハエを呼び寄せる生ゴミのような匂いを放つ蘭までいました。
たくさんいる虫たちの中で、どうしてこの蘭は
よりにもよってハエを選んだのだろう......なんて思いましたが
けっこういい香りでしたよ^^
わたし、癖のある香りや味が大好きなんです。

とにかく、蘭は蘭で一所懸命に匂い立ちながら
繁殖していくのですよね。

蘭の中には特定のパートナー(虫や鳥の場合もある)を選んで
進化するものもあるらしいですよ。
特定のパートナーにだけにわかる匂いを放ち、
自分の花粉を運んでもらうなんて、なんて素敵な出会いでしょう♪
呼び寄せられた虫や鳥たちは、きっと幸せに違いありません。
何ももらえなくてもね(笑)

わたしも、そんな蘭のような存在になりたいなぁ。
と、そんなことを思う今日この頃。。。

いや、思うだけじゃなくて、行動、行動!!
蘭をお手本に、自分も繁殖しなくては。

追伸 いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
   しばらく間が空いておりましたが、またちょこちょこと投稿することを
   再開したいと思います。
   皆さんに楽しんでいただけるよう、綴ってゆきます。

2012.02.20 | 癒し癒され

ヴォイストレーニングで"目力(めぢから)"をつける

さて、いきなり本題に入りますが、皆さんは
声にも目力があるって知っていましたか?

まずここで、目力(めぢから)について意味を調べてみましょう。

1 目の表情や視線が他人に与える印象。特に、その人の意志や内面の強さなどが現れているように感じさせる目の表情。視線自体から感じる圧力・圧迫感。「―がある」

2 あるものを見て、それを頼りに思うこと。    (大辞泉より)

目がこれだけの強い印象を与えるなら、もちろん
皆さんの声も常に相手に対してなんらかの印象を届けています。

たとえば、こういうのはどうでしょう?

1 声の表情や発声が他人に与える印象。特に、その人の意志や内面の強さなどが現れているように感じさせる声の表情。発声自体から感じる圧力•圧迫感。「声に力がある」

2 あるものを声に出して、それを頼りに思うこと。

いかがですか?
目に力が宿っているように、声にも力は宿っているのです。

だから、わたしは皆さんの声を聴いているようで観ています。
話しているあなたの声と、わたしの目が合うかどうか。
もしも合わなければ、あなたの声はわたしに届いていないということです。

または、歌っている、または話しているあなたの声には
あなたの意志や内面の強さが現れているかどうか。
もしも相手にそう感じさせられなければ、あなたの声には意志や内面の強さが
宿って聴こえてこないということになります。

声は目と同じで、自分のためにだけではなく
相手のためにある大切な、とても表現豊かな媒体でもあります。
目が相手に対して強い印象を与える媒体であるなら、もちろん
声も相手に対して強い印象を与える媒体であるということを
もう一度改めて皆さんと感じていきたいと思います。

そうです、これは自然なことなのでしょうが
目力がある人は声にも力がある、
声に力がある人は目にも力もある、
というのはほんとうのことです。

ぜひ、周りの人を観察してみてくださいね。

2012.02.12 | 声について想う


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